星野和男と町野あかり
ある秋の夜。郊外の高台から夜空を見上げる二人。
月のない澄みわたった夜空には満天の星空が広がっている。
彼は彼女に優しく語りかけた。
「なんだい? 大事なことって」
「あの・・・・」
彼女は次の言葉を発するのを少しためらった。
「見てごらん、このすばらしい星空」
二人は、夜空を見上げ、しばらくその静寂の世界に身をゆだねた。
彼が彼女を抱きしめようと、そっと肩に手をのばした。
「ねえ、星の数ってどのくらいあるのかしら」
彼女は彼の手が肩にかかろうとしたその時に問いかけた。
「そ、そうだな」
和男は、肩にのばしていた手を引っ込めて考えるようなしぐさになった。
「目で見える数は数千個が限界。我々の住む銀河系には約1000億個の星がある。さらに宇宙全体となると観測できる範囲だけでも10の22乗個といわれているんだよ。」
彼女の顔はあまりぴんと来ていないようだ。
「で、でも僕が君に注いでいる愛の数に比べればたいした数じゃない」
「そう?あなたの愛ってどのくらいの数なの」
「そ、そうだな」
和男はなにかブツブツ言いながら考えている、
(えーと、アボガドロ数が2.62掛ける10の23乗だから・・体重が50キロで・・全部水としても・・)
そして彼は何かひらめいたように自信満々に答えた。
「それは、僕の体全体から君に注がれているんだ。だからそれは僕の体のすべての原子の数に匹敵する」
彼女はいっそう冷めたような表情になったが、和男はそれに気がつかない。
「その数は、聴いて驚かないでくれよ。それは10の25乗個くらいにもなるんだよ。どう?嬉しい?」
「そう、そんなにあるの・・。それじゃあ宇宙の果てまではどのくらいの距離があるの」
「うん、まあ450億光年というところかな」
「それってどのくらい遠い感じ?」
和男は彼女の変化に気がつかない・
「うん、僕が君に一週間会えないときに感ずる距離くらいかな・・なんてね」
「ねえ、和男さん。宇宙ってどんどん膨張して星は遠ざかっているって聞いたことがあるんだけど知ってる」
「もちろんさ。それも、遠ざかる速度はどんどん速くなっていって、今見えている遠くの星もそのうち見えなくなってしまうらしいんだ」
和男はまた、彼女の肩に腕をかけようとした。
「あの、今日話したかったことなんだけど」
「あ、そうそうそれそれ。今日の星空を見ながら聞くとぴったりかな」
和男は胸を躍らせていたが、彼女の顔は冷めている。
「和男さん」
「ハイ」
彼女は和男の顔を見上げて言った。
「私、あの星と同じなの」
和男は次に発せられるロマンチックな言葉を想像した。
「私、もどんどん離れていっているの・・あなたから」
和男は彼女の言葉を理解できず、呆然とした。
「今日がぎりぎりだったの。一番遠くに見える星みたいに・・。明日からは、もうあなたからは見えない存在なのね。わかってくれた」
和男は混乱した。
(え、450億光年?、アボガドロ数?銀河系?見えないって?)
和男には彼女の言葉の意味がわからない。
「はっきり言うわ。今日でお別れなの。さようなら」
そう言うと彼女の姿はは眼下に揺れる町の明かりに溶け込んで見えなくなった。