1972年6月16日、最後の演奏会のプログラム

<演奏会にまつわる想い出>

1972年、日本フィルハーモニー交響楽団はフジテレビと文化放送が放送契約の打ち切りをするなど、経営上の問題により存続が困難となり、解散になる話が進んでいました。私は当時大学生で音楽クラブでフルートを吹いていましたが、その話を聞き、放送契約継続などを嘆願する署名活動をしていました。
 そうして署名が集まり、これを日本フィルに届けようと、事務局のある東京文化会館に出向きました。1972年6月16日のことです。私は文化会館の受付で署名を事務局に渡したいと申し出たところ、中に入るように言われました。そこで楽屋口から中に入っていくと、中は迷路のようになっていたためうろうろ迷っていると、舞台袖に出てしまいました。
 舞台ではまさに今、小澤征爾指揮でマーラーの復活の演奏が最終盤にかかっているところで、私はそこに突っ立ったまま動くこともできず聞き入っていました。
 舞台袖には関係者の他に、山本直純氏が椅子に座っておられました。
 そうして演奏が終えると万雷の拍手の中小澤征爾氏が舞台から戻ってきます。舞台袖では待ち構えていた付き人?が手にしたビール?のコップを差し出すと、小澤氏はそれを一気に飲み干し、カーテンコールに向かいました。
 長いカーテンコールが終わると、舞台袖にいた何人かの方(たぶん関係者の方)が小澤氏などにサインをお願いし始めました。わたくしもそれに混じって山本直純氏にサインをいただきました。指揮をする手が描かれた丁寧なサインでした。サインが終わると直純氏は「小澤さんにサインもらいなよ」と言ってくれました。私は思いきって小澤氏にもサインをいただき、さらにソプラノの荒道子さん、コンサートマスターのルイグレーラさんにもサインをいただきました。サイン用の色紙などは持っていなかったので、持っていたフルートの教則本の裏にサインをしていただきました。
 これが下の画像のサインをいただくことになった経緯です。

 演奏会プログラムはその日本フィルの最後の演奏会「マーラー 復活」のプログラムです。私はこの演奏会を聞いた記憶もあります。しかし、舞台袖で見ていた私が、客席で聞いているはずはありません。昔のことなので記憶があやふやなのですが、確か、同じ日本フィルで数週間?後に再演され、それを聴いたように記憶しています。それもチケットが入手できず、開演後、第1楽章が終わってから立ち見(実際は通路に座りましたが)として入ったと記憶しています。プログラムは定期演奏会の物をそのまま配ったらしく、日付は6月16日のままのようです。
 再演について調べてみましたが情報は見つからず、日本フィルの事務局にも聞いてみましたがわかりませんでした。

 いずれにしろ、日本フィルが解散する最後の定期演奏会、指揮者が小澤征爾氏、舞台袖には山本直純氏がいるとう、日本音楽史の中に大きな変化があった1ページのような瞬間でした。

その時いただいたサインです。

山本直純氏、ルイ・グレラ氏、荒道子氏、そして小澤征爾氏